コミュニケーション身体性

印象と表現からみる身体性とコミュニケーション

先日、パートナーのお弁当用のゆで卵を、キッチンペーパーで拭いていたときのことです。

パートナーが「やさしいね」と言いました。

卵をふいている姿を見て、そのひと手間に対して、やさしいと言ってくれたシーン。


ゆで卵をむいたあとに、濡れていた卵をペーパーでふいた行為には、美味しく食べて欲しいと思う気持ちが、もちろん込もっていたのですが、


それ以上に、手の使い方や動きが、やさしいというイメージを抱かせたのではないかなぁと思っています。


卵を拭いているとき、ゆでたてむきたての、ぷるんとした卵の丸さと弾力を、指先に感じていて、その感触を気持ちいいな〜と思っていたから、動きがやわらかくて、やさしい印象をまとっていたのでしょう。


書きながら思い出しても、そのときの指先にあった柔らかな感触が蘇ります。



そう言えば、ロルファーユキさんのブラッシュアップセミナーで、初めてお会いしたボディーワーカーさんから、
ドアノブに手を伸ばした動きを「やわらかな仕草ですね!」と、褒めていただいたことがありました。


いつ頃からか、知らない人から微笑みをもらうことも多くなりました。
買い物の時や、食事や飲み物をオーダーする時など、短いやり取りのちょっとしたコミュニケーションを通して、何か、やさしくてあたたかな空気が通い合うのを感じることが多く、世界がやさしいと感じることが増えました。。



重力下で最適に動くためのシステムを学び続けて8年、
マインドを切り離しては、いい動きや心地よさはうまれないと思い、宇宙の真理や心理を学んで3年、


ココロの仕組みの、こんがらがった疑問が解けていけばいくほど、身体へと戻っていき、ココロを知るごとにカラダを理解していくという、違う角度から同じことを学ぶことになり


ソマティック<身体性>とは何かがようやくうっすらわかってきたように感じています。


身体が変わること、
動きや表現が変わること、
印象や与える感じが変わること、

感じること、
緊張に気づくこと、
本音を知ってあげること、
怖さや寂しさを認めてあげること、

サポートがあることに気づくこと、
そしてゆだねること、


これらを、時間をかけてゆっくりと、体現しながら体験的に繰り返し学んできて、ようやく腑に落ちてきました。



平和で穏やかなコミュニケーションは、いい人になろうとか、我慢するとか、ポジティブに考えるとか、そういう自己犠牲的なことではなく、もっと身体的で、動きの質が変わることから始まったりするのです。



もし今あなたが、このブログを読みながら、苦手なあの人やあの場面が気にならなくなったな〜とか、自分を取り巻く世界が優しくなったな〜とか、共感しながら読んでいたとしたら、



それは、あなたの存在感が変わってきたということです。



あー、変わらないなー!と思っていますか?
いえいえ、変わらないということこそ、思い込みです。今日は昨日と違う日ですし、さっきの呼吸と今の呼吸は違う呼吸です。



わたしたちは、日々、変化しながら生きているのです。



そうそう!これからキッチンへ立つのなら、食材を手にのせたときどんな感じがするか、意識してみてください。
包丁の柄の質感や、切る食材の皮や身の感じを刃先から受け取ってみてください。


感じながら、洗ったり、切ったりすると、力加減はいつもに比べてどうですか?
ちょっと、やさしくなっていませんか?
ココロはどうですか?おだやかな気持ちがしませんか?

そんな気がしたら、呼吸も変わっているし、家族が受け取る印象も変わっていますよ。


身体は、日常のよくある動きから変わってゆけるのです♡